気付き
母と子
こんにちは。
ブログ停滞中の花屋です。
只今、出張準備中でございます。
直近では心の膿だしもあったでござる。
ここ最近のFBでは心の断舎利というか膿だしというか、
そーいうのの時期だとか言われてて、。
僕の身の回りにもそーいうことがあってさ、
こーいうのって、一人の心の中だけで起こるんじゃなくって、
コミュニティーという環境の中で起こるだなって思った。
それで人によっては手放しや開放、整理なんだなって。
今回の場合は僕自身のイタイ癖や悪習慣。(笑)
そのクセを改善していこうと思いますで、ござる。
ほんでまた一つ、思い出したことがあります。
あるブログをのぞいたおかげでフラッシュバックのように
記憶が甦ったんです。
5、6才の頃かなあ、、。
幼稚園に通ってた記憶は前からあるんだけどね、
その頃からすでに※母親の存在はなかった、。
うちのおばあに手をつないでもらいながら、
幼稚園に通っていたことをやっと思い出したんですよ。
※すでに離婚していたんだと思います
当時のことを今以上に記憶していたことはなく、。
今でも自分自身の記憶に驚いてます。
忘れてたことにも、記憶が復活したことにも、です。
家で本当の母親と生活した記憶がまったくないからです。
本当の母親と生活していた貴重な体験。
そういうのって少なからず持ってるハズなのに。
記憶してても良いはずなのに。

これって記憶の欠落とか欠陥。そんな感じ。
記憶の欠落が起こった理由だったら
ずっと前から解ってた。えっへん。
ま、当事者だから当たり前だよね。(笑)
母親が居なくなったことを幼子の意識でマニウケルと、
僕の心が壊れるからです。子供の僕の心が。
母親が居なくなった。母親が消えた。
幼稚園前の子供の心にはそれはそれは理解しがたいこと。
もし、理解していたら心が壊れていたことでしょう。
精神的ショックが大きすぎて
その後の僕の人生が想像つきません。描けません。
それほど母と子の結びつきは大きいもの。
母親消失という最も高い電圧で、
心がショートしないために安全装置(ヒューズ)が働いた。
自動的に防衛本能が働いたのです。これは心の大元である、
「魂」の管轄なのでこちら側の意識では制御できません。
そして、子のヒューズは飛んだまま子は成長していく。
母の記憶や母への愛は記憶を呼び覚ますことに繋がるため、
ヒューズは飛んだままにしたほうがいい。
子の意識が母親消失の記憶を何度も何度も再生し、
そのたびに心が壊れてしまうから。
子供は母親がそばに居るだけで安心するし、
愛情やその関係性の中にも互いの成長があります。
また、母親と子は少なくとも子供が思春期を
超える辺りまでは心を共有していると僕は思います。
繋がっているのではなく共有。まるで陰陽のように。だから、
辛い記憶だとしても何度でも再生してしまう。
辛いけど探さなきゃ。分身だから。
小さい頃の僕ら兄弟(姉と弟がいます)は、普段は
お母さんのことをおくびにも出さない。
出さないけれど、父親に叱られたり弟が夜泣きしたりすると、
決まって三人揃って泣き出してた。
そんなことを今になって思い出したんです。
みんなで「マーマー、マーマー」って泣いてたことを。
(涙)
そんなことがあったなんて自分でも忘れてた。
僕の記憶のヒューズが「今」自然と繋がりだしてる。
昔を思い出し始めたけどそれもまたタイミングか、。
当時の家には部屋はいっぱいあったのに、
小さな兄弟たちは一つに固まって寝てて
時々思い出しては泣いてた。そして、
ひとしきり泣いたら姉か僕が決まって弟に言い出す。
「もう泣くのはやめよう。もう泣くな!」
「泣いたらもっともっと(母を)思い出してしまうだろ!」
「だから泣くな。」
母親という分身が居ない辛さ。
子供は感情で生きてるから一度泣き始まると
止むことがすごく難しい。
母親の想いは解消とかって問題でもないけど、
この頃から僕ら兄弟は感情を押し殺すことを
覚え始めたんだよなぁ。。
暴れる気持ちを抑圧する。
感情は放出しないと心の奥底に溜まっていくことを知らず
どんどん溜めていった僕ら。
そしてそんな僕らの前に新しい母親がやってきた。

ブログ停滞中の花屋です。

只今、出張準備中でございます。
直近では心の膿だしもあったでござる。

ここ最近のFBでは心の断舎利というか膿だしというか、
そーいうのの時期だとか言われてて、。
僕の身の回りにもそーいうことがあってさ、
こーいうのって、一人の心の中だけで起こるんじゃなくって、
コミュニティーという環境の中で起こるだなって思った。
それで人によっては手放しや開放、整理なんだなって。
今回の場合は僕自身のイタイ癖や悪習慣。(笑)
そのクセを改善していこうと思いますで、ござる。
ほんでまた一つ、思い出したことがあります。
あるブログをのぞいたおかげでフラッシュバックのように
記憶が甦ったんです。
5、6才の頃かなあ、、。
幼稚園に通ってた記憶は前からあるんだけどね、
その頃からすでに※母親の存在はなかった、。
うちのおばあに手をつないでもらいながら、
幼稚園に通っていたことをやっと思い出したんですよ。
※すでに離婚していたんだと思います
当時のことを今以上に記憶していたことはなく、。
今でも自分自身の記憶に驚いてます。

忘れてたことにも、記憶が復活したことにも、です。
家で本当の母親と生活した記憶がまったくないからです。
本当の母親と生活していた貴重な体験。
そういうのって少なからず持ってるハズなのに。
記憶してても良いはずなのに。

これって記憶の欠落とか欠陥。そんな感じ。
記憶の欠落が起こった理由だったら
ずっと前から解ってた。えっへん。

ま、当事者だから当たり前だよね。(笑)
母親が居なくなったことを幼子の意識でマニウケルと、
僕の心が壊れるからです。子供の僕の心が。
母親が居なくなった。母親が消えた。
幼稚園前の子供の心にはそれはそれは理解しがたいこと。
もし、理解していたら心が壊れていたことでしょう。
精神的ショックが大きすぎて
その後の僕の人生が想像つきません。描けません。
それほど母と子の結びつきは大きいもの。
母親消失という最も高い電圧で、
心がショートしないために安全装置(ヒューズ)が働いた。
自動的に防衛本能が働いたのです。これは心の大元である、
「魂」の管轄なのでこちら側の意識では制御できません。
そして、子のヒューズは飛んだまま子は成長していく。
母の記憶や母への愛は記憶を呼び覚ますことに繋がるため、
ヒューズは飛んだままにしたほうがいい。
子の意識が母親消失の記憶を何度も何度も再生し、
そのたびに心が壊れてしまうから。
子供は母親がそばに居るだけで安心するし、
愛情やその関係性の中にも互いの成長があります。
また、母親と子は少なくとも子供が思春期を
超える辺りまでは心を共有していると僕は思います。
繋がっているのではなく共有。まるで陰陽のように。だから、
辛い記憶だとしても何度でも再生してしまう。
辛いけど探さなきゃ。分身だから。
小さい頃の僕ら兄弟(姉と弟がいます)は、普段は
お母さんのことをおくびにも出さない。
出さないけれど、父親に叱られたり弟が夜泣きしたりすると、
決まって三人揃って泣き出してた。
そんなことを今になって思い出したんです。
みんなで「マーマー、マーマー」って泣いてたことを。

そんなことがあったなんて自分でも忘れてた。
僕の記憶のヒューズが「今」自然と繋がりだしてる。
昔を思い出し始めたけどそれもまたタイミングか、。
当時の家には部屋はいっぱいあったのに、
小さな兄弟たちは一つに固まって寝てて
時々思い出しては泣いてた。そして、
ひとしきり泣いたら姉か僕が決まって弟に言い出す。
「もう泣くのはやめよう。もう泣くな!」
「泣いたらもっともっと(母を)思い出してしまうだろ!」
「だから泣くな。」
母親という分身が居ない辛さ。
子供は感情で生きてるから一度泣き始まると
止むことがすごく難しい。
母親の想いは解消とかって問題でもないけど、
この頃から僕ら兄弟は感情を押し殺すことを
覚え始めたんだよなぁ。。
暴れる気持ちを抑圧する。
感情は放出しないと心の奥底に溜まっていくことを知らず
どんどん溜めていった僕ら。
そしてそんな僕らの前に新しい母親がやってきた。

タグ :母親と子の関係

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